佐野陽子ゼミナール同窓会

佐野先生からのメッセージ

●吉原遊郭 夢の跡

2017年5月5日

私は60年来、浅草に住んでいます。勤め先を辞めてからは地域への関心が深くなりました。浅草はいま、スカイツリーを遠景にして、観光客で賑わっています。ただしこれは、浅草寺(628年開山)を中心にした台東区の南半分の区域で、人口も多く交通も便利です。ところが、浅草寺の裏にあたる台東区の北半分は、もっと落ち着いた地域です。かつては吉原とか山谷と呼ばれていましたが、いまは地番が変わって古い地名は無くなりました。しかし、名所、旧跡、歴史的遺構などがあり、探索すると興味がますます湧いてきます。この吉原・山谷のあたりは、「奥浅草」とも呼ばれています。

奥浅草の中で見たところ衆目を集めるのが、吉原遊郭跡地です。これは、1600年代半ばに造られた吉原遊郭の区画が今もなおくっきりと残っていて、グーグルの地図でもすぐわかるほどです。江戸時代や明治・大正・昭和時代の公娼制度はないものの、ソープランドはなお健在です。また、江戸文化の発祥の地として、歌舞伎、浮世絵、落語、ファッションなどを生み出したことも記憶に新しいところです。遊郭の遊女の教養の高さや立ち居振る舞いの優雅さなど、日本でいう「おもてなし」文化の原形ではないでしょうか。

何があっても驚かないご時世ですが、意外にもこの遊郭跡地の人気が高まっています。かつては不夜城とも言われる、1万人もの人たちが生活していた夢の園は浅草の奥で輝いていました。江戸時代には、歌舞伎・吉原・魚河岸で、1日3万両が動いていたと言われます。

いま、「投げ込み寺」とか、「首切り地蔵」とか、暗黒の側面もふくめてこの地域の歴史探訪が盛んです。出版される本の数々、つぎつぎに発行されるブログ、社寺探訪など。また、案外、若い女性に人気があるとも聞きます。奥浅草の地域では、ご多分にもれずいくつもの商店街がシャッター通り化しています。この吉原遊郭歴史ブームが突破口になれば、奥浅草地域の活性化も夢ではないでしょう。

 

 

●年頭にあたって 「消費増税は景気の足を引っ張るか」

2014年1月

消費増税の影響

2014年4月から消費税が5%から8%に上がります。その結果、購買力が落ちて景気に悪影響を及ぼすのではないかという心配があります。過去の例を振り返ると、1989年に初めて3%の消費税が導入されましたが、駆け込み需要が旺盛で、その後の買い控えも一時的だったようです。ところが、1997年に消費税を5%に上げたときは、駆け込み需要があまりなく、さらに消費の回復が遅れました。これは、1989年がまだバブル期にかかっていたため、早く買わないと、という消費者心理が働いたのに対して、1997年は世界的にも景気が悪かったため、先行きどうなるかという不安感が大きかったためと言われています。 つまり、景気がよければ消費の回復が速いということです。 それでは、2014年はどうでしょうか。

 

アベノミクスによる経済成長戦略の行方

2013年の日本の景気は、強力な金融・財政政策によって大きな成果を挙げました。他の国にくらべてダントツというわけではありませんが、20年にわたる停滞期からすると驚異的です。この余熱で今年もいい線を行くのではとも予想されます。ここで日本がアベノミクスによって経済再生ができるのではということで、2013年は世界の投資マネーが集まりました。資産価格は上がり消費も回復しました。ところが、規制緩和などが予定通りに進まないと、逃げ足の速いのもマネーです。改革は時間との勝負です。

 

好景気を実感できない人が多い

景気がいいという数字を見ても、好況感を感じられない人が多そうです。 これまでの景気は、輸出産業や資産を持っている人は実感できても、そうでない人や中小零細企業の関係者までは行き渡っていないからです。とすると、消費増税の影響は案外、厳しいことになるかもしれません。アベノミクスの根幹にあるのは、ハードな伝統的な産業です。要人は外国で原発や鉄道を売りに歩いています。防衛産業や宇宙産業、さらに公共土木事業などは、経済競争が働かず国策によって野放図なほど巨額なお金を動かして、国債の発行に寄与しています。要するに、一般の勤労者や中小企業には好況感がまだ伝わらないのです。 好況感に不可欠な雇用創出とスモールビジネスの強化 これまで手薄だったのが起業・転業を含めたスモールビジネスです。旧来の中小企業というよりも新しい事業が望まれます。例えば、海外で人気が高い、アニメ、マンガ、現代アート、音響、フィルムそして和食など、ジャパンカルチャーです。日本政府も以前からクールジャパン計画をたて、観光に力を入れてきました。現代の雇用や仕事のほとんどは、サービス関連産業で生まれています。そしてオタク文化の振興は、若者やフリーターを元気づけます。ニッチや草の根にあたるスモールビジネスと雇用の振興は、一般の好況感を増すことでしょう。

 

 

●年頭のひとこと ―経済大国から文化大国へー

2013年1月

「クルマと家電が外資を稼ぐ時代は終わった」というのは、櫻井孝昌という文化外交活動家の言です。櫻井は外務省の委託で、2007年から世界16か国38都市を回っています。その目的は、日本のアニメが外交で重要な役割を果すよう、各地で講演やコスプレやアニメソングなどのイベントを開くためです。

日本のマンガやアニメが、世界中の子供たちに親しまれていることはよく知られています。櫻井たちは、どこの土地のイベントでも、若者から熱烈な歓迎を受け、日本語のアニメソングを歌い、コスプレやロリータのアニメ衣裳が浸透しているのに驚きました。そして彼らは日本の文化にも興味をもち、その延長線上で日本語や将棋や大福も知ろうとしているのです。モスクワでも、ブラジリアでも、パリでも、バルセロナでも、そしてもちろん中国やアメリカでも大歓迎を受けたそうです。ところがそのようなところに、日本人は全くいなかったとのこと。櫻井に言わせるとせっかくの商機なのに。

ドバイの銀行で働いている女性の話ですと、あちらの日本アニメブームは大変なもので、大の大人がアニメに詳しいことにびっくりするそうです。出店している紀伊国屋書店やマンガ寿司もその足がかりになっています。また、家庭でもよくアニメのビデオパーティを開き、アニメの集会があるとド派手なコスプレ衣裳で勢ぞろいするそうです。

「天才でごめんなさい」というテーマで、2013年3月まで会田誠展が森美術館で開かれています。先だっては珍しく、ロンドン・エコノミストに紹介されました。東京芸大卒47歳の会田誠は、谷中墓地で結婚式を挙げたという現代アーティスト。エロ・グロ・暴力も含め、日本のポップカルチャーのチャンピオンです。これまでのアーティストが海外で有名になり逆輸入されていたのに、会田は外国嫌いで日本からカルチャーを発信しています。

アニメや現代アートだけでなく、音楽・映画などのエンターテインメントにおけるジャパンカルチャーは、この平和の時代に花開いています。よその国で作れるものを作ってよその雇用を奪うのは悲しいこと。今や日本は、世界の人が喜ぶものを輸出できるのです。それも、世界の若い人たちから熱烈歓迎されるジャパンカルチャー。私たちの未来は、ほかのどの国よりも明るいのでは?

 

●3.11震災を考える

2012年1月

日本大震災について、人それぞれに衝撃を受け、聞き、読み、語り、さまざまな行動を起こしていることでしょう。私だけここで述べるというのは本意ではありません。皆さんの考えを訊きたいのです。

私が一番驚愕し、もっとも口惜しく思ったのは、この震災で失われた人命の多さです。1000年に一度の地震とか、未曾有の津波とかは驚きますがああそうか、と受け止めざるを得ないでしょう。でも、この21世紀の平時の日本で、19,334 の死者・行方不明者を出すというのは考えられないことです。(1896年の三陸大津波では死者数が26,360と記録されています。)建物や設備の崩壊はいたしかたないことです。でも、人は動けるのに逃げなかった。昔から、津波には高い所に逃げろときまっていて、物的資産を失っても人命が失われるのはよほどのこと。まして今回の地震は昼間の午後で、寒いとはいえ極寒ではなかったのです。

津波に逃げられなかったのは、広報が危険地区としていなかった、とか防潮堤があるから大丈夫と思ったという声が聞こえます。もっとも残念なのは、世界一と言われた防潮堤があるために、迫りくる津波が見えなかった、そして津波はそれを軽々と超えて来たという事実です。何が間違っていたのでしょう。情報社会では、情報が多いばかりでなく、ガセ情報が多いのも特徴です。もちろん、公式情報が少な過ぎてもデマが飛んだりしますから、多い中から正確なものを選ぶことが大切です。今回の地震で、ある漁師さんは、揺れが尋常でないことから家族を裏山へ避難させ、自分は港に行き船を沖に出し、タッチの差で無事だったとか。このような例はたくさんあったことでしょう。反対に、津波がここまでくることはない、と判断した人も多かったのです。

私は、この世界規模の金融危機にも同じことを感じます。1企業のデフォルトや1小国の財政問題が、このように世界を駆け巡り実体経済にも大きな影響を与えるとは、これまで経験しなかったことです。金融といえば、1円でも間違いのない世界と思っていたのに底が抜けていたのです。人がつくったものなのに、安全装置が作動するようになっていなかったのです。どういう仕組みかという情報が、共有されていなかったのです。

私たちはどうすればいいか。正確な情報を得るために、もっと利口にならなければならないでしょう。勉強するといっても、間違った勉強はしないほうがいい。何事も自分の目で見ること。情報遮断の訓練も必要かもしれません。

 

●岩手県宮古市在住  17期生・生内泰斗君の近況

2011年6月

このたびの東日本大震災では、佐野ゼミ同窓会員の中に、ただ1人被災者がいました。それは、17期・1987年卒の生内(おぼない)泰斗君です。旧姓は梅木君で、おばさんのプレタポルテ(高級婦人服)の仕事を学生時代から手伝っていました。その仕事の関係で、宮古市へ展示会で行ったとき奥様と知り合い、結婚して宮古に住むことになったのです。奥様の実家は水産物仲買・卸業でした。

このたびの震災では、義理のご両親を亡くし、住んでいた家も流され、いまは両親の住んでいた家にいるそうです。仕事は、水産ブローカーなので、国の2次補正により補助金を待っている取引先が一刻も早く復興するよう頑張っています。加工場がもとに戻らないと扱う商品が出てこない状況です。いろいろの後始末に追われる毎日で、被災地の厳しさが伝わる便りが来ました。

私は、県立宮古短期大学に10年ほど、毎年、集中講義で通っていたことがあります。大学は高台にありますが、市内では魚菜市場へ行ったり、合板工場を見学したり、いろいろな体験をさせてもらいました。街中は全部津波にやられたことでしょう。

地震後は、生内君のところに電話は通じず、同期の水谷君に消息を探してもらっていました。先日、旧住所宛に郵便を出したところ返事が来ました。さらに、近況を示す写真が送られて来ましたのでここに紹介いたします。




 

●佐野陽子ゼミナール第6回総会・懇親会に出席して

2011年5月22日

去る5月21日(土)の午後、表参道にあるロイヤルガーデンカフェで行われた同窓会に伺いました。五月晴れにイチョウ並木が輝き、人々がそぞろ歩くおしゃれな東京の一角でした。
タメになる講演を聞き、同窓生の近況などを語らい、若き血と慶應賛歌を歌いました。その上さいごに、真紅のバラ80本の花束をいただきました。私が傘寿だからだそうですが、誰が数えていたのでしょう。
出席した方もできなかった方も、本当に有難うございました。でも皆さんも、年齢を重ねると時間の経つのが速くなりますからお気を付けて。ではお元気で。

 

●2011年の年頭にあたって

2011年は、今年も浅草寺の鐘の音を聞きながらつつがなく迎えました。皆さんも、ご健勝のうちに新しい年を迎えられたことと思います。

ゼミ同窓生のシニアグループが、毎年、旅行をするようになって10年以上が経ちますが、昨年11月には福岡‐佐賀‐長崎、一昨年は札幌‐旭川に行きました。行った先では、できれば同窓会支部会をつくろうと、札幌では北海道支部会を立ち上げました。福岡では九州支部会を計画していたのですが、九州の方たちがあまり集まらず、福岡支部会を立ち上げました。

そこで思ったこと。東京で見ていると、北海道や九州は大きく括れる。さらに、東北や関西も括れる。これは地理というとこのようなブロックに分かれていますから当然と思いがち。しかし実のところ、東北といっても東京と各都市は新幹線もできて交通が便利になりましたが、東北を横断するのは極めて不便です。九州も同じで、大阪や東京とは便利でも横断するのは不便です。ですから、東北や九州単位で集まろうとすると大変な困難をきたすのです。これは、明治以来の中央集権体制ばかりでなく、江戸時代の参勤交代システムが根付いているのでは。つまり、中央とは仲良く、隣組はご法度という制度。人や物の流れは、いまもなお、このような歴史に裏付けられているのでしょう。

そこで、地理的に近いからといってブロックや道州で括るというのは、「絵に描いた餅」。札幌で北海道支部会ができたのは、会員が札幌・旭川地区に集中していたからであって、九州支部会などは至難の業。福岡支部会ができたのは大変結構なことでした。旅行を通じてこのような勉強をしました。それにしても日本の交通網は過密都市・東京の集積を進めるばかり。これでいいのでしょうか。

 

●文字通りのグローバル時代

2010年4月4日

2010年3月18日、カタール国の首都ドーハで開かれたワシントン条約締結国会議で、大西洋黒マグロ禁輸案が否決された。大消費国の日本は胸をなでおろしたが、問題はこれからだろう。提案したのはバチカンに次いで世界で2番目に小さいモナコ公国。日本で以前、キャベツを毎日、オーストラリアから空輸していたという話を聞いたが、私たちはちょっと食べ過ぎではないか。それにしても今回印象的だったのは、モナコの提案が欧米主要国に結構、アピールしたこと。ワシントン条約は、地球上の人々の生活に深く関係している。

最近、国際宇宙ステーションという言葉をよく聞く。地球軌道上に設置されているラグビー場くらいの広さの装置で、地球上から肉眼で見えるそうだ。アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、日本など15ヶ国が参加して、宇宙空間が人体にどのような影響を与えるかを実験する。日本は出資もしているし、実験棟「きぼう」に宇宙飛行士の派遣も行っている。

さらに話題をふりまいているのが欧州原子核研究機構(CERN)。ホットな問題は、宇宙の生成を解明するための、ミニ・ブラックホールの生成実験だ。この研究機構は1954年に発足し、現在はEU20ヶ国がメンバーで、非メンバー29ヶ国のほか、ECやUNESCOもオブザーバーとして参加。日本も出資し、参加している。ここではスイスとフランスの国境をまたいで、山手線に近い大きさのトンネルを掘り、そこで3.5兆ボルトの陽子を両側に発射し、正面衝突させるという実験を2010年3月30日に行った。地球に影響を与えるという国際的反論を2年がかりで押し切ったもの。結果は理論どおり、何も起こらなかった。この機構は情報公開を丁寧に行っているが、国境を越えた協力体制と国境を越えた反対運動は目覚しい。

 

●年頭にあたって−高齢化社会情報―

2010年1月5日

私は四捨五入すれば80歳代。今後の高齢人生がどのような展開になるか、実のところ不安がある。それは、先達が少ないから。そこで、私より若い人たちへ、一歩でも先んじていることから、役に立つ高齢化情報はないかと考えた。

まず健康。これまで生きてきて、医学の進歩のお陰か、健康情報がいかに変わりやすいかを知った。それゆえ、他人や医者の言うことは信じないし、検査や薬もあまり頼らない。自分でろ過して、確かと思うことだけを取り入れている。

経済的条件。私の金融知識は浅いものだが、退職したときの皮算用は金融ショックでショックを受け、計算上の優雅な老後生活には届かない。でも年金のお陰で、そこそこの生活は続けられる。周囲を見回すと、お金だけでは幸せになれないし、歳をとるとお金を使うエネルギーもなくなる人がいるのに驚く。

人との絆。家族が一番のよりどころだが、組織体と違って不安定なのが問題。それは、親友や知己でも同じで、先立たれればそれまでである。今になって意外に思うのは、学校時代の同窓会。年々、鬼籍に入る人がいてもグループだから持ちこたえられる。でも、あまりに減れば別。そこで頼りになるのは、ゼミナールなど、年代をカバーする同窓会。私の大学時代の千種研究会は今でも続いている。はるかに若い佐野ゼミ同窓会は、頼りになることこの上なし。

 

●ドバイの悩みは人材育成というが

2009年11月23日

ドバイは世界一、外国人の比率が高い都市。人口は、金融危機下でも増えて170万人程度。だが、いまやナショナル(国民)の比率は20%を切り、当局の不安をつのらせている。ナショナルは、公務員や大企業など安定雇用に集中し、優秀な外国人を管理監督する立場。一部のナショナルは留学経験があるものの、全部が能力ありとは限らないのでナショナルの人材育成が焦眉の急と言われている。

ある日本人女性が勤務する銀行でも、一定割合をナショナルで埋めねばならないから何人も働いているが、仕事力が間に合わず常に彼女をいらいらさせている。ところが昨年の大晦日、彼女が隣国サウジアラビアの砂漠に行きたいと言っていたらカウントダウン・キャンプを計画してくれたそうだ。

ドバイから車で、夜の国境をGPS頼りにこっそり越えた。砂丘を2時間も走ってテントを張る場所を探し、手早くテントを張って準備万端。彼らは、月や太陽や星の位置や砂丘の地形を見る力、さらにテント捌きも抜群。さすがベドウィン(遊牧民族)のDNAを受け継いでいると感心。

用意が整うと、誰言うともなく、彼らは声を発してお祈りを始めた。いつもはお祈りもしないし酒も飲むのに新年だからかと後で聞いたら、ガザのパレスチナ人のために祈ったという。当時のイスラエルによるガザ空爆に対して、西側諸国にくみするドバイでも抗議デモが起こっていた。大砂丘にアラビア語の美しい祈りの声が響き、風の音に消えて行ったそうだ。その後は、新月の光の下で飲み明かし、語り明かしたという話。

 

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